NIKKEI Summits Interviews

AI/SUM Speaker: 今岡 仁

2019年03月11日

顔認証技術は、近年急速に広がりつつあるAIの潮流の中でも、最も産業界の適用が進み、市場規模も広いと言われている技術のひとつ。NECにおいてその技術革新を長年にわたってけん引し、顔認証技術に関する米国国立標準技術研究所(NIST)が実施したベンチマークテストで4回連続トップを獲得(2009年、2010年、2013年、2017年)、世界を代表する顔認証技術の研究者として活躍している。

顔認証技術のユニークさや難しさなど、エッセンスを教えていただけますか。

 NECも顔、虹彩、指紋、掌紋、指静脈、声、耳音響という複数の生体認証を使う「マルチモーダル認証」を「Bio-Idiom」というブランドで展開しています。なかでも顔認証のユニークな点は、ウォークスルーで認証できる利便性の高さですね。指紋や虹彩は所定の場所に指や目をかざさなければなりませんが、顔認証は普通に歩いて通り抜けるだけで認証ができてしまう。空港やスポーツ会場の受付など混雑するところで活用するのに適しています。

 難しいのは、指紋や虹彩に比べ、顔には目や眉、鼻、唇などいろいろなパーツがある上、それぞれが意図的に変えられたり、経年で変わってきたりする点です。芸能人ではよく見かけられますが、帽子を目深にかぶったり、サングラスをかけたりすると、とたんに認証が難しくなってきます。

 昔は、顔認証はエラー率が3割を超え、「三文判」などと揶揄されていたものでした。しかし、そこからの技術進歩が目覚ましく、私たちがトップを獲得した米国のベンチマークテストはビザ申請時の160万人の顔写真から特定の人物を照合するものでしたが、照合エラー率0.3%という結果でした。

その技術進歩に、AIはどのように寄与したのですか。

 帽子やサングラスによる隠蔽や経年変化などは、AIで対応するしかないですね。指紋認証だと「絵合わせ」的な照合でいいけれど、顔認証は変動要因が多い分だけ機械学習を複雑に織り交ぜた類推や認知を繰り返さなければ精度が上がっていかない。顔認証とAIは切っても切れない深い縁で結ばれています。

AIによって実用化に大きく踏み出した顔認証、具体的にはどんなところで活用できますか。

 先ほども少し触れましたが、現在は世界40カ国の空港や政府機関、国内のライブコンサート、スポーツイベントなどで活用されています。将来的には、空港の出入国から始まって、タクシーの乗車、ホテルの予約、決済、レストランでの食事、コンビニでの買い物などがすべて顔認証という1つの IDで流れるように進んでいくといいですね。「いつでもどこでも“顔パス”」という感じでしょうか。

 技術的にはかなりいい線まで来ていますが、顔認証が実際に社会実装されていくためには、顔認証を受ける人たちはもちろん活用する政府や企業などすべての人たちのAIリテラシーを高めていく必要があると思っています。AIというと必ず議論になる「個人情報」や「プライバシー」は、避けては通れない問題です。皆が安心してAIを活用できるようになるための新しい法律や規制、倫理やルールについて私たちのような研究者も含めてできるだけ多くの人たちを巻き込んで議論し、共通の合意を目指すべきだと思います。

米国や中国に比べて日本のAIは遅れているとよく言われますが……。

 日本のAI技術が米国や中国に比べて劣っているとは思っていません。ただ、それぞれの国がそれぞれの文化や制度に基づいて、得意とするAIを伸ばしているということだと思います。日本は、ハードウェアとAIの組み合わせだったり、人間くさい部分にAIを活用したりと、日本社会の特性に合わせた独自の戦略を打ち出して進めていけばいいのではないでしょうか。

5年後の自分は、何をしていると思いますか。

 「三文判」と言われていたときはこのまま研究していて大丈夫かな、と思うこともありましたが、ようやく社会に役に立つところまで来ると、研究が楽しくてしかたありません。技術的にかなりいいところまできたと言っても、この分野の技術発展はものすごい速度で進んでいるので、まだまだ磨かなければならないところはたくさんあります。フェイク画像などを使った情報操作や犯罪といった行為に対しては、イタチごっこのようですが、それを乗り越える技術を生み出すことも必要です。

 今後は、顔認証だけでなく画像を使った医療診断や「振り込め詐欺」対策にもなる高速音声認証といった技術にも力を入れていきたいですね。自分たちが開発した技術を社会課題の解決にどんどん生かしていく、というのが5年後のイメージです。

最後に、AI/SUMに期待することを一言お願いします。

 技術の精度向上には務めますが、AIには100%はないかもしれません。データの取り扱いひとつで間違うことも、ウソをつくこともあります。妙に人間くさいところがあるのがAIの特長です。こうした弱点や欠点を補いながらAIを社会に役立てていく。そのためには、その役割を技術者や専門家に丸投げせず、文系も理系も関係なくみんなで議論していくことが重要だと思います。AI/SUMをきっかけに、こうした議論が本格化していくことを期待しています。